緒方洪庵 | |
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■ 緒方洪庵(通称): 「緒方」の名字の由来
・ 1810年〜1863年
・ 幼名: 田上?之助(せいのすけ)
・ 号: 適々斎・華陰
・ 生家は備中国の武家。16歳のときに、大坂蔵屋敷留守居役となった父親に同行して大坂に出た。1849年に「除痘館」を開き、天然痘のワクチンを培養した。
# 緒方洪庵(おがたこうあん)【出典】
・ 1810−1863年。享年54歳(病死)。
・ 出身地: 備中国(岡山県)
・ 肩書き: 蘭学者・医師
・ 備中国の足守藩の下級藩士の出。大坂、江戸、長崎で蘭学を学び、29歳の時に大坂で開業。同時に蘭学塾である適々斎塾(適塾)を開いた。洪庵は西洋医学を究めようとする一方、漢方医学にも力を注いだ。1862年に幕府からの要請で、奥医師兼医学所頭取に就任したが、翌年に病気が原因で死去した。
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