側用人
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■ 側用人(そばようにん)

・ 将軍の近くで秘書官の役割を務めたもので、延宝8年(1680年)に五代将軍徳川綱吉が創設した。第一号は牧野成貞で、柳沢吉保が有名。待遇は老中並。 業務は、将軍を補佐し、将軍の命を老中に伝え、また老中や若年寄の上申を将軍に取り次いだ。【参考:お江戸の役人 面白なんでも事典 中江克己 PHP文庫】

・ 五代将軍徳川綱吉の時代に創設された。将軍と老中の間を取り次ぎ、老中と同格。貞享元年(1684年)に、大老の堀田正俊が江戸城内で若年寄の稲葉正休に殺害され、将軍の部屋と老中の部屋が離されたために重要な職となった。徳川綱吉の柳沢吉保、家宣・家継の間部詮房、家重の大岡忠光、家治の田沼意次が有名。【譜代大名126家「勝ち組」の出世競争 榎本秋 晋遊舎新書】 

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