岡山県内の諸藩
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■ 浅尾藩(岡山県総社市)

・ 蒔田(まいた)家1万石・譜代大名・陣屋。

・ 1863年に旗本の蒔田広孝が江戸市中警備の功績で大名となった。

■ 足守藩(岡山県岡山市)

・ 木下家2万5千石・外様・陣屋。

■ 岡田藩(岡山県倉敷市)

・ 伊東家1万石・外様・陣屋。

■ 岡山藩(岡山県岡山市)

・ 池田家31万5千石・外様

・ 池田左近衛少将

・ 備前国って岡山藩だけだったのか。

・ 戦国時代には宇喜多家の城下町。宇喜多秀家は関ヶ原の合戦で西軍に属し、35歳で八丈島に流された。八丈島には13人の家族や家臣とともに転じ、正室が前田利家の娘の豪姫だったので、加賀藩が幕末まで資金援助した。

・ 池田光政: 

■ 岡山新田(生坂)藩(岡山県倉敷市)

・ 池田家1万5千石・外様・陣屋。

・ 1672年に岡山藩から分知。

■ 勝山藩(岡山県真庭市)

・ 三浦家2万3千石・譜代大名

・ 政治家の鳩山家は勝山藩士の出。

■ 鴨方藩(岡山県浅口市)

・ 池田家2万5千石・外様・陣屋。

・ 1672年に岡山藩から分知。

■ 津山藩(岡山県津山市)

・ 松平家10万石・家門。

・ 松平越後守

・ 結城秀康の直系。

■ 新見藩(岡山県新見市)

・ 関家1万8千石・外様・陣屋。

・ 津山藩主だった森家の一族。

■ 庭瀬藩(岡山県岡山市)

・ 板倉家2万石・譜代大名・陣屋

・ 1699年に備中松山藩の分家が入封。

■ (備中)松山藩(岡山県高梁市)

・ 板倉家5万石・譜代大名

・ 1744年に板倉家が入封。

・ 板倉勝重江戸町奉行京都所司代を努めた。

・ 小堀政一(遠州): 備中国松山藩主。享年69歳。遠州流茶道をはじめ、千利休、古田織部とともに「三大茶人」と言われた。小堀遠州は1579年に、近江国小堀村(滋賀県長浜市)の出。父親は浅井家の地侍で、母親は浅井家の家老の磯野丹波の娘。浅井家が滅亡後、と秀長に仕えた。遠州は秀長の養子の秀保に仕えたのち、秀吉に仕えた。

・ 幕末の藩主、板倉勝静は老中として、鳥羽伏見の戦いの時には徳川慶喜と共に大坂城にいた。【江戸300藩の意外な「その後」 日本博学倶楽部 PHP研究所】


【注意】転封などがあるため、藩主や石高には変化があります。ここでは一例を掲載しています。

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