千葉県内の諸藩
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■ 飯野藩(千葉県富津市)

・ 保科家2万石・譜代大名・陣屋。

・ 信濃の保科家の子孫。

・ 保科正之から保科家を譲られた?その恩からか、幕末に飯野藩士数十名がひそかに援軍として会津に走った。戦争の責任をとった、会津藩の家老の萱野権兵衛は飯野藩に身柄を預けられ切腹させられた。

■ 一宮藩(千葉県一宮町)

・ 加納家1万3千石・譜代大名・陣屋。

・ 松平家の一族。麻生太郎元首相の父親の太賀吉の母は加納家の出身。

■ 大多喜藩(千葉県大多喜町)

・ 大河内家2万石・譜代大名

・ 1703年に入封。豊橋藩の分家。

・ 幕末の鳥羽・伏見の戦いで幕府軍総督を務めたのは大多喜藩主で老中格の大河内正質(まさただ)。三河国大河内の出。正質は養子で、奏者番から若年寄を経て老中格となった。鳥羽・伏見の戦いでの敗戦後、正質は下総国の佐倉藩に預けられ幽閉されたが後に許された。

■ 小見川藩(千葉県香取市)

・ 内田家1万石・譜代大名・陣屋。

・ 1724年に入封。遠江の出。

■ 生実(おゆみ)藩(千葉県千葉市)

・ 森川家・1万石・譜代大名・陣屋。

・ 森川家は近江源氏の出で、今川家に仕えていたが、1627年にこの地に陣屋を設けた。

■ 勝山藩(千葉県鋸南町)

・ 酒井家1万2千石・譜代大名・陣屋。

・ 小浜藩の酒井家の分家で1668年に入封。

■ 久留里藩(千葉県君津市)

・ 黒田家3万石・譜代大名

・ 1742年に黒田家が沼田より入封。黒田家は、もとは中山家といい、北条家に仕えていた。黒田は外祖の姓。

■ 佐倉藩(千葉県佐倉市)

・ 堀田家11万石・譜代大名

・ 堀田相模守

・ 1746年に老中の堀田正亮が入った。

・ 松平乗邑(のりさと): 下総国佐倉藩主。15〜16歳のころから茶道具を集め出した。そして、ただ集めるだけでなく茶器のデータを記録し、「茶器図録」をまとめた。乗邑は1686年に、肥前唐津藩主(佐賀県唐津市)の松平乗春の長男として生まれた。徳川吉宗のもと、36歳で大坂城代となり、38歳で老中となったが、後に罷免された。

・ 幕末の戊辰戦争で微妙な立場にあったのが、徳川家恩顧の譜代の藩であった。そういった意味では、藩内の意思統一がはかれなかったことも多かった。下総国の佐倉藩11万石も同様であった。藩主の堀田正倫は佐幕派的な努力をしていたが、藩兵300人を率いて新政府軍に嘆願に行った際に、立場の曖昧さに京における謹慎を申し渡された。事実上、藩主が京で人質になったという。

■ 佐貫藩(千葉県富津市)

・ 阿部家1万6千石・譜代大名

・ 1710年に福山藩の分家の阿部家が入った。

■ 請西(じょうざい)藩(千葉県木更津市)

・ 林家1万石・譜代大名・陣屋。

・ 1825年に林忠英が若年寄に昇進して大名となった。

・ 林家は清和源氏の出。【江戸300藩の意外な「その後」 日本博学倶楽部 PHP研究所】

■ 関宿藩(千葉県野田市)

・ 久世家4万8千石・譜代大名

・ 1705年に再封。

・ 元総理大臣の鈴木貫太郎は千葉県の関宿藩の出身だが、出生地は大阪府堺市にあった、関宿藩の飛び地。

・ 牧野成貞: 下総国関宿藩主。江戸時代、全国に200カ所くらいの温泉が確認されていた。江戸庶民に人気があったのは、熱海、箱根、那須、塩原、草津。五代将軍徳川綱吉側用人だった牧野成貞は、将軍徳川綱吉が1709年に麻疹にかかり、64歳で亡くなった後、弔意を表して剃髪した。その翌年に播磨の有馬温泉に行った。徳川綱吉時代の側用人と言えば柳沢吉保を思い浮かべるが、初代側用人は牧野成貞だったのか?成貞は1634年に徳川綱吉の守り役をした牧野儀成(のりなり)の二男として生まれた。徳川綱吉が館林藩主になると儀成は家老になり、成貞は27歳まで徳川綱吉に仕えた。1680年に徳川綱吉が五代将軍になると、1万3千石の大名になった。三河国吉田藩主の成央(なりなか)は孫。

■ 高岡藩(千葉県成田市)

・ 井上家1万石・譜代大名・陣屋。

・ 浜松藩の分家で、1640年に入封。

■ 多古藩(千葉県多古町)

・ 久松家1万2千石・譜代大名・陣屋。

・ 1635年に入封、1713年に大名となった。

■ 館山藩(千葉県館山市)

・ 稲葉家1万石・譜代大名・陣屋。

・ 1781年に入封。淀藩の稲葉家の分家。

■ 鶴牧藩(千葉県市原市)

・ 水野家1万5千石・譜代大名

・ 1827年に若年寄の水野忠照が入った。結城藩が本家で、その分家の沼津藩の分家。

■ 百首藩(ひゃくしゅはん・千葉県富津市・旧百首

・ 能見松平家1万500石・譜代大名

・ 百首藩: 江戸期の藩名譜代・小藩陣屋は天羽郡百首(富津市竹岡)寛永10年留守居役兼奏者番の松平(能見)重則が加増され1万500石で入封して成立同17年下野国皆川藩に転封となり、廃藩。【角川日本地名大辞典】


【注意】転封などがあるため、藩主や石高には変化があります。ここでは一例を掲載しています。

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