「秩父」の名字の由来 | |
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■ 秩父(ちちぶ)
【2022/10/21:改編】
# 10049位
# 桓武平氏良文流などにみられる。
# 代表家紋: 「五七桐紋」
# 秩父氏: 五七桐紋。庶流には「川越」「豊島」「江戸」「葛西」「畠山」「稲毛」「森」「小山田」「師岡」「高橋」などがある。【出典】
# 桓武平氏の出だが、源氏方についた坂東平氏の一つの平将恒(まさつね)が武蔵国秩父郡に移り住んだのが由来。
# 秩父から派生した名字には「河越」「豊島」「江戸」「葛西」「畠山」「稲毛」「森」「小山田」「師岡(もろおか)」「高橋」などがある。
# 埼玉県の秩父家
# 秩父氏は桓武平氏の平良文(よしふみ)の子孫で、良文の孫の将恒(まさつね)が丹党に「養君(やしないぎみ)・広い意味での養子?」として迎えられたのに始まる。
・ 秩父平氏には、秩父氏、豊島氏、葛西氏、渋谷氏、色部氏などがある。その他に、小机氏(神奈川県横浜市神奈川区)、川崎氏(神奈川県川崎市)、渋谷氏(神奈川県綾瀬市から藤沢市北部)などもこの流れである。
・ 平良文・忠頼親子は、通称として「村岡氏」を名乗り、これは相模国村岡に由来する。忠頼の子の将恒が丹党に迎えられ、武蔵国秩父郡大宮郷中村(埼玉県秩父市中村)に移り住み、「秩父三郎」「中村太郎」を称した。
・ 将恒の子の武基(たけもと)の時に、秩父牧の別当となり、本拠地は中村から吉田郷(埼玉県秩父市下吉田)に移った。
# 秩父平氏
・ 源頼朝の嫡男の頼家の乳母は河越重頼の妻(頼朝の乳母である比企尼の娘)。
・ 寿永2年2月に謀反をおこした頼朝の叔父の志太義広が頼朝にやぶれ信濃の木曽義仲を頼ったため、頼朝と義仲の仲も険悪になった。その後、義仲が嫡男の義高を人質にだして和議。
・ 秩父氏の祖は平良文。武蔵国大里郡村岡(熊谷市)を本拠地とし、高望王の五男だったので、通称「村岡五郎」と言った。良文の子孫の平武基が秩父牧の別当に任命されたのが始まり。【地名でわかるオモシロ日本史 武光誠 角川ソフィア文庫】
# 平氏秩父氏の諸流
・ 小山田氏: 小山田保(東京都町田市上・下小山田)をルーツとし、元は「牧」で牧の長官である「小山田別当」を称する。
・ 小山田氏からは稲毛氏、榛谷氏、小沢氏。畠山氏からは長野氏が。
# 「父母」のつく名字。
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