「三田」の名字の由来
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■ 三田(みた)

【2023/01/30:改編】

# 「三田」の名字の軒数

# 代表家紋

# 武蔵国の三田氏は平将門の子孫という。

# 三田(みた): 武蔵国多摩郡の国人平将門末裔の胤光が武蔵国荏原郡三田(東京都港区)に住んで、その子の常光が三田氏を称した。山内上杉氏の重臣として西多摩郡に勢力を持っていたが、1563年に北条氏照の滅ぼされた。綱勝つは北条氏照に属して下野国小山城に拠り、1577年に上杉氏の御館の乱に際して上杉景虎を援けて越後国に赴いて討ち死にした。子の守綱は北条氏の滅亡後、徳川家康に仕え、江戸時代には旗本になった。【出典

# 三田(みた): 武蔵国勝沼城(東京都青梅市)に拠った三田綱秀は北条氏に属した。江戸時代の武蔵国橘樹郡上作延村(神奈川県川崎市)の名主の三田氏は、その子孫という。【出典

# 三田(みた): 陸奥国胆沢郡の国人。前沢城(岩手県奥州市前沢)に拠って、三田刑部は葛西氏家老の柏山氏の家老を務めた。1588年に主家の柏山家によって義広が討たれて滅亡した。【出典

# 東京都の三田家: 平将門の子孫を称す。山内上杉氏の重臣で多摩郡で勢力を張ったが、後北条氏に滅ぼされた。【出典

# 「三田」の地名

# 国衆(国人)

# 「数・数字」のつく名字

# 「田」のつく名字

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