古代語とアイヌ語
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北海道の地名の特徴 アイヌ語由来の地名集

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※ 「名字」を調べると「地名」にたどり着き、「地名」を調べると「古代語」や「アイヌ語」や「古事記」にたどり着きます。

# アイヌ民族と日本民族が分かれた時期は、「続縄文期から、擦文時代を経た頃」。【縄文の地名を探る 本間雅彦 高志書院】

# アイヌ語由来の地名の解釈は、アイヌ人も理解できないアイヌ語辞書にもとづいているとは驚き。
例えば、カムイ・コタンは一般には「神の住む場所」と言われているが、もともと「カムイ」とは「悪魔」のことで、「悪魔のいる恐ろしい場所」の意味と書いてある。「知里真志保センセ」の本だったかなぁ。

★ 【参考資料】 「古代語の謎を解く 蜂矢真郷著 大阪大学出版会」「古事記物語 鈴木三重吉著 青空文庫」

# 「イザナ(男の神)」と「イザナ(女の神)」において、「キ」は「男」を、「ミ」は「女」を表す。ちなみに「イザ」とは「誘う(いざなう)」の「イザ」。「ナ」は現代語における「の」にあたる助詞。つまり、「男の誘い」と「女の誘い」という意味になるのか?

※ ところで「イザナキ(ギ)」といえば「いざなぎ景気」。「いざなぎ景気」は「神武景気」や「岩戸景気」を上回るという意味でつけられたそうだが、どうして古代の言葉が使われているのか、イマイチ意味不明。

・ 日本神話では、天(あま)つ神の命を受けて、日本列島を作ったとされる男神の「伊弉諾尊(いざなぎのみこと)」。妻は女神の「いざなみ(伊弉冉、伊邪那美、伊弉弥)」で、この二人から生まれたのが、「天照大神(あまてらすおおみかみ)」と「月読命(つきよみのみこと)」と「素素戔嗚尊(すさのおのみこと)」。

・ 古事記によると、日本人の一番のご先祖の「天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)」という神様が天の上の「高天原(たかまがはら)」で生まれ、その次には「高皇産霊神(たかみむすびのかみ)」と「神産霊神(かみむすびのかみ)」の二人が生まれた。その後計八人の神さまが生まれた後に生まれたのが、「伊弉諾神(いざなぎのかみ)」と「伊弉冉神(いざなみのかみ)」という男神と女神。
「天御中主神(あめのみなかぬしのかみ)」はこれらの二人を召して「あの、ふわふわした地を固めて、日本の国を作り上げよ」と命じた。二人がまず作ったのが小さい島で、二人はそこに御殿を建てて住んだ(※この小さい島ってどこだ?)。そして、まず一番に「淡路島」を作り、それから「伊予」「讃岐」「阿波」「土佐」とつづいた四国の島と、次には「隠岐の島」、「筑紫(九州)」、「壱岐」、「対馬」、「佐渡」を作った。そして、最後に作ったのが「本州」で「大日本豊秋津島(おおやまととよあきつしま)」と名付けた。
こうして、国ができあがったので、二人は大勢の神を産んだ。
最後に生まれた三人の神が、「天照大神(あまてらすおおみかみ)」と「月読命(つきよみのみこと)」と「素素戔嗚尊(すさのおのみこと)」で、「伊弉諾尊(いざなぎのみこと)」は三人に
・ 「天照大神(あまてらすおおみかみ)」には、おまえは天にのぼって「高天原(たかまがはら)」を治めよ。
・ 「月読命(つきよみのみこと)」には、おまえは夜の国を治めよ。
・ 「素素戔嗚尊(すさのおのみこと)」には、おまえは大海の上を治めよ。
と、言った。

※ 天照大神の天岩戸の話は有名だから割愛するが、「伊弉諾尊(いざなぎのみこと)」と「いざなみ(伊弉冉、伊邪那美、伊弉弥)」は最後には、オドロオドロしたみにくい争いをするんだよねぇ。

# 「オナ(翁・老公)」と「オナ(老女)」の「キ」と「ミ」もそれぞれ男女を表す。「オ」は「オホ(大)」の意味。「ヲミナ(若い女)」の「」は「小」の意味。つまり「小野」は「ヲノ」なんだな。「ナ」は「人」を意味する。「セナ」は「夫」を意味する。

# 「ヲト」は、若返るという意味の動詞の「ヲツ」の被覆形
・ 「ヲトコ」は「男」で「ヲト」と「(子・男)」の複合 → 「若い男」
・ 「ヲトメ」は「少女」で「ヲト」と「(女)」の複合 → 「若い女」
※ そうすると、「乙女」はそもそもは「ヲトメ」なわけだ。最近は「姑(しゅうとめ)」を「トメ」と略して言う言い方が流行っているが、もともと「姑(しゅうとめ)」は「舅(しゅうと)」に、女を表す「メ」をつけたもの。したがって、「舅(しゅうと・しうと)」の最後の「ト」をとって、女を表す「メ」をつけて複合形とした「トメ」って言うのは、意外に論理的な表現なのか?
では「しうと」って何よ?調べて見たら以下のようである。
弟、妹、仲人、素人など「うと」がつく言葉は多い。これらの「うと」は「ひと(人)」から転換したものと言われる。つまり「弟(おとうと)」は本来「おとひと(人)」だったわけだ。
「舅(しゅうと)」は「シヒトの音便」らしく、元々は「仕(仕事をする)人」だったのではないかという話だ。ちなみに「夫(おっと)」は「男(をとこ)人(ひと)」からの転換。

# 「」は「尊称」を表す。
・ 「ヒ(彦)」、「ヒ(姫・媛)」はそれぞれ男女の尊称を表す。

# 「ムス」は、「生む(産)」を表す。
・ 「ムス(息子)」は「産んだ男の子」
・ 「ムス(娘)」は「産んだ女の子」

#  「淡路(アハヂ)」は「阿波路(アハヂ)」、つまり「阿波への路」をさす。
 
#  「大」は古代語で、上代には、「オホシ」、平安初期以降は「オホキニ」「オホキナリ」が見られるようになった。鎌倉時代には、「オホキイ」となった。
・ 昔は、「大」と「多」は未分化だった。
上代(かみしろ): 桓武天皇までの時代を言い、当時は「現世にも神がいた」とされていた。

# 古代語では「ほむち」とは「火」のこと。
 
★ アイヌ語

# 別: 大きい川。
# 内: 小さい川、沢。北海道や青森県、岩手県には「内」のつく地名や名字が多い。
紅内 山形県北村山郡 赤い川。
猿羽根: 山形県最上郡 佐羽内
# ワカ: 「水、水飲み場」 和賀がつく地名。岩手県。
# エルム: 岬 北津軽郡江流間内(エルマナイ)
# セタ: 犬
# サンベ: 心臓

# アイヌモシリ(アイヌの国)

# アイヌ語で川を表す「ナイ」「ペツ」
・ ペツ: 本来のアイヌ語
・ ナイ: 外来語

# 柳田國男は「地名の研究」で曰わく、アイヌ語地名が九州まで分布していたとしても、少しも驚くべきことではない。で、その根拠は?

# 北海道の地名の特徴

■ 「アイヌ語地名」 土佐の地名 寺田寅彦
・ 種崎(たねざき): アイヌ語の「タンネ」は長い。「サッカイ」は「砂堆」で、「長い砂嘴」のこと。
・ 孕(はらみ): 「パラモイ」は広い静処で、湾の名になる。しかし、「チャム」で「ハラム」は閉鎖の意味であるからその意味かもしれない。
・ 比島(ひしま): 「ピ」は「小」の意味。「シュマ」は「石」の意味。
・ サ島: 「サト」は「乾」の意味で、「乾出せる岩礁」か。
・ 万々(まま): 「メム」は「沼」または「ラグーン」。
・ 物部(ものべ): 「ポロペッ」で大河の意味。
・ 韮生(にらふ): 「ニナラ」は高原。また「ニ(樹)」+「オロ(豊富)」の意味。
・ 夜須(やす): 「やし(網を引く)」の意味。
・ 別府(ベップ): 「ベッポ(小河)」の意味。
・ 別役(ベッチャク): 「ペッチャ(河)」+「クッ(咽喉)」。また、「チャム」で「ボク(遮断)」。「チョク」は「山」。
・ 仁西(ニサイ): 「ニセイ」は「絶壁」の意味。
・ 野見(のみ): 「ヌムイ(豊漁の湾)」の意味。
・ 与津(よつ): 「えつい(岬)」
・ 小籠(こごめ): 「コム(瘤)」、又は「小山」。「コムコム」か?
・ 咥内(こーない): 「カウンナイ(係蹄をかけて鹿をとる沢)」。石狩にもこの地名がある。
・ 加江(かえ): 「岩の割れ目」
・ 大河内: 「ウーコッ(川の合流)」
・ 甲殿(コードノ): 「コタン(村)」。また「マレイで「コタ」は町。また、ビルマ語で「コーンダーン」で「小さき山脈」。
・ 和喰(わじき): 「ワシ(波浪)」+「ケプ(破れる)」。また「ケ(場所)」。
・ 奴田(ぬーた): 「ヌプ(頂が平らな山)」。「タプ(円頂丘)」。
・ 日下(くさか): 「クサハ(河を渡船で渡る)」。もちろん土佐の日下は山地で、人名から来たのでものであろうが、もとは渡しかもしれない。崇神紀に「クスハのワタシ」がある。
・ 十市(とーち): 「トンチ(穴)」。また「トツエ」は沼の潰れし処。また、「チャム(と)」は中央、「テ」は場所。
・ 穴内(あなない): 「オンネナイ」は大川。しかし、またチャム語でも「ナイ」は河または河辺の野で、アイヌやサモア、マオリ語でも「アナ」は「穴」の意味。
・ 戸波(へは): 「ペッパロ」川口。またモン語で「ウェア」は平原。
・ 大西: 「オニウシ」は大きな森。
・ 奈路(なろ): 「ノル」はアイヌ語で「熊の足跡」だが、場合によっては「ナ(河流)」と「ロロ」又は「ロッ」で上座の意味。朝鮮語の「ナル(山)」かも。
・ 仁淀(によど): チャム語の「ニオト」で塩魚、塩肉。ビルマ語の「ニアジヨーク」も干魚。しかし、アイヌ語なら「ニ(樹木)」+「オロ(豊富)」。また、マレイ語で「ニアタ」は用材樹木。仁淀川と塩魚は緑が薄いが樹木とは縁が深い。
・ 越知(おち): 「オチ」は「水の渦巻く」という意味。
・ 手結(てい): 「タイ」は「森」だが、「ツイ(切れる)」らしい。ビルマ語では「テー(砂)」。出雲の手結(たゆい)とは必ずしも同じではないかも。
・ 津呂(つろ): 「ツル」は突き出る。二カ所の津呂はいずれも国の突端に近い。
・ 以布利(いぶり): バタク語で「イフル」は「突端」の意味。
・ 足摺(あしずり): 「アツイ(海)」+「ツリ(突出)」。つまり海中に突出するという意味。
・ 安和(あわ): 「アパ(入り口)」。または海上から見た河口。「阿波」の国名も同じ意味か?
・ 五百蔵(いおろい): 「イウォロ(山)」の意味。
斗賀野(とがの): 「ツク(上方に広がる)」。「ヌプ(平原丘)」。
・ 四万十(しまんと): 「シ(甚だ)」+「マムタ(美しき)」。
・ 布師田(ぬのしだ): 北海道に「ヌプノユシ」の地名がある。「蓬野」の意味。
・ 土佐(とさ): 土佐は「門狭(とさ)」で、佐渡の「狭門(さど)」に同じ。

■ アイヌ語には複数を表す形が動詞にある。たとえば、「居る」場合には「オ」、「沢山居る」場合には「オッ」
・ イオナイ: 「イ」+「オ」+「ナイ」 = 「あれ」+「居る」+「沢」。「あれが居る沢」。「あれ」と代名詞を使うのは実際の言葉を忌み嫌っている。
・ 「イオナイ」が転じて「ヨナイ」となった。ではさて「あれ」とは何か?金田一京助センセによると「あれ」とは「蛇」のことで、「ヨナイ(米内)」とは「蛇のいる沢」のことらしい。
・ 北海道の「余市(ヨイチ)」も、もとは「イオチ」で、
・ イオチ: 「イ(あれ)」+「オチ・オッ(沢山居る)」 = 「あれが沢山居るところ」
※ 「あれ」がなぜに蛇なのかイマイチわからないがそうなのだそうだ。

# 米内(よない): アイヌ語には複数を表す形が動詞にある。たとえば、「居る」場合には「オ」、「沢山居る」場合には「オッ」。
・ イオナイ: 「イ」+「オ」+「ナイ」 = 「あれ」+「居る」+「沢」。「あれが居る沢」。「あれ」と代名詞を使うのは実際の言葉を忌み嫌っている。
・ 「イオナイ」が転じて「ヨナイ」となった。ではさて「あれ」とは何か?金田一京助センセによると「あれ」とは「蛇」のことで、「ヨナイ(米内)」とは「蛇のいる沢」のことらしい。
※ 「あれ」がなぜに蛇なのかイマイチわからないがそうなのだそうだ。
【古代蝦夷(えみし)とアイヌ 金田一京助】

■ 日本の東北にいる異族のことを、古い時代には「毛人」と書いていた。その後、斉明天皇の時代に支那からの帰化人で遣唐使の通弁として随行した伊吉連博徳(いきのむらじはかとこ)が、初めてこの種族を「蝦夷」と書いた。由来、この日本の東北にいる蝦夷は、古くは「エミシ」、後には「エゾ」と申した。【古代蝦夷(えみし)とアイヌ 金田一京助】

■ アイヌ語の特色【出典
# アイヌ語は、基本的には一音節ごとに意味を持つ
・ アイヌ語は一音の中に様々な意味を持ち、例えば「エ」は、「食う、頭、顔、そこ、そこに、そこで、汝」などの意味を持つ。
# 連続する母音の変化
・ アイヌ語では同じ母音が重なると一方が消える。また、「アイ」では「エ」、「イオ」は「オ(yo)」、「ウア」は「ワ」、「アオ」は「ヲ(WO)」などに変化し、さらに違う母音が連続すると前の母音が消えることがある。
# 子音の変化
・ 同一の子音が重なると一方が消える。また、子音の後に母音がくると、その子音は母音段に変わる。「シ・オ」→「ソ」。


★ ワンポイント

# アイヌ人の神の概念: アイヌ人は、この世の全てのものに神が宿っていて、その神々の中に人間の祖先神が含まれていると考えていた。この世にいる神々は、天上にいる最高の神によって地上に降ろされたもので、その名は「オキクルミ」で、「アイヌ・ラック・クル(人間の・臭いがする・お方)」と呼ばれ、母親は火の女神で「チキサニカムイ」であった。【出典
※ 「全てのものに神が宿る」: 日本の古来からの神道の「八百万神」にも似てる。また後段も、天照大神の神話にも似てる。

# アイヌ人の川の概念: 川を女性にみたてて、河口から上流に向かって子供(支流)を産みながら上っていくと考えた。従って、左岸と右岸の概念が日本人とは逆。【出典

# アイヌ人の大小、高低、遠近、急穏の表現: 絶対的なものではなく、相対の比較のなかで言い表され、低い山であっても相並ぶ二つの山があれば、高・低の表現がなされる。【出典

# アイヌ人の山の概念: 高い山の頂などは神々の世界であり、その地は神聖なもので麓や遠くから拝するもので、登るべき対象ではない。【出典

# アイヌの「夏の年・冬の年」: アイヌ人は一年を二区分に分けて、4月〜11月を夏野年、12月〜3月を冬の年として、通常の1年を2年と数えた。アイヌ語の「サク・パ」は夏の年のことで、「マタ・パ」は冬の年のこと。この「パ」は和語の「場」のことで、「夏場」「冬場」のこと。【出典

# アイヌ人の生活と生活習慣: 狩りを主体とし、稗や粟などを補助的に作っていた。大きな集落ではなく一軒または数軒で村を作り、普通は親族単位で村を形成した。【出典

# 伊豆と出雲は親戚か?: 伊都国の首長は伊都都彦(イツツヒコ)。出石(いずし)も伊都志だろう。志は志摩の志か?三国志の志と同じく、書き記したものを表すらしい。出雲の古い表記は伊豆毛で伊都地(イトモ)からきている?伊都(イツ)由来の名字に伊豆田がある。

# 大国主命(オオクニヌシノミコト)の本来の名前は「オホナムチ」で、「大地主(オホナムチ)」のこと。

# 大島は大きな島か?オホ族の島か?

# 川は「ナイ」か「ペッ」か?
・ アイヌ語には「川」を表す表現が二つあり、「ペッ」と「ナイ」である。北海道の南西部では「ペッ」を「川」の意味につかい、「ナイ」は谷間を流れてくる小さな川(沢)に限定している。樺太では「ナイ」が普通の川を意味し、「ペッ」は小川を意味するというが、地名には滅多に表れてこない。網走や宗谷地方では、「ナイ」の方を普通に使い、「ペッ」は山中の支流(沢)を意味する。北千島では「ナイ」という表現は無い。なお「ペッ」は本来のアイヌ語で、「ナイ」は外来語らしい。古代朝鮮語で、川を「ナリ」というのと関係あるかも知れない。【地名アイヌ語小辞典 知里真志保 北海道出版企画センター】
※ ちなみに、東北北部にいくと、結構「〜内」の地名が残ってるから、アイヌ語の影響なんでしょうねぇ。「内」は「静内」とか、「ペッ」は「然別」などが代表的かなぁ?しかし、知里海大教授によると、宗谷地方では、「ナイ」は川なんだよなぁ〜。稚内は「ワッカ(水)+ナイ(沢)」らしいが・・・。

# 近畿の「畿」とは「王者の住む地」の意味。

# 新羅(シンラ)の王子の「アメノヒボコ」は、玉から化生した妻に逃げられたので、その後を追って倭国に渡来した。アメノヒボコ族は筑紫の伊都(イツ)を起点として、倭国の各地に広まった。
※ 「アメノヒボコ」と言えば内田康夫の浅見光彦シリーズの城崎殺人事件にもでてくる。この中で「出石蕎麦」がでてくるが、「出石(いずち)」=「伊都地」=「伊都の地」。あアメノヒボコ族は出石を定住の地とした。

# ナカ族: ナカ族とは奴国(なの国)の人達。那珂、那賀、中などの地名は福岡市の周辺で発生してナカ族の移動と共に各地に広がった。「ナカ」から発生した名字の代表的なものが「中村」。この地名は郡には無く、全て郷の名前である事から、「ナカ族の村」を由来とする。ナカ族の異動は海沿いに船でなされたことから、ナカ族の村も沿岸部に多く、その代表的なのが、高知県中村市である。

※ 山形県内にも、この「ナカ」由来と言われる代表的な地名が二箇所あるそうです。それは「東村山郡那珂ノ郷」と「東田川郡那珂ノ郷」だそうです。
・ しかし、Googleで検索すると「山形県 那珂」ではヒットせず。また「山形県 中郷」では「山形県寒河江市中郷」がヒットする。寒河江市の中郷は西村山郡だしなぁ。あとは山形市中野目あたりがそれらしいが、結局わかりませ〜ん。
※ 「那珂」で検索すると「茨城県那珂市」「福岡市立那珂中学校」あたりがヒット。地名としては、常陸国那珂郡(茨城県那珂市付近)、武蔵国那珂郡(埼玉県本庄市付近)、筑前国那珂郡(福岡県福岡市付近)、讃岐国那珂郡(丸亀市から琴平町付近)、日向国那珂郡(宮崎県日南市付近)あたりが見られます。

# 苗字の第一号は「狗」か?

# 物部族は高句麗系の好戦的な部族で九州北部に分布した。

# 山形、山本山口山名、ヤマトは耶馬系の土地かも?
・ 山形 → 耶馬県(ヤマアガタ)からきているのか? 山のつく地名はみなそれってわけでもないだろうが。
・ 志摩 → 斯馬(シマ)から? 島のつく地名。
・     → 伊邪(いざ)から? 伊佐のつく地名。
耶馬、斯馬、伊邪の三地名は三国志の「倭人三十カ国」にも出てくる地名。


★ 用語の解説

# 被覆形: 母音a・oの分詞形容詞的用法を通常被覆形と言う。


★ 参考資料・文献

・ 逆説の日本史 1 古代黎明編 - 封印された[倭]の謎 井沢元彦著 小学館
・ 逆説の日本史 2 古代怨霊編 - 聖徳太子の称号の謎 井沢元彦著 小学館
・ 逆説の日本史 3 古代言霊編 - 平安建都と万葉集の謎 井沢元彦著 小学館
・ 逆説の日本史 別巻1 ニッポン風土記[西日本編] 井沢元彦著 小学館
・ 逆説の日本史 別巻1 ニッポン風土記[東日本編] 井沢元彦著 小学館
・ 地名・苗字の起源99の謎 鈴木武樹 PHP文庫
・ 古事記物語 鈴木三重吉著 青空文庫
・ 古代語の謎を解く 蜂矢真郷著 大阪大学出版会
・ コンサイズ日本地名事典第5版 三省堂

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